2011年11月07日

11.11.06

11月6日で入門して1年が経った。


何故そんなことをしようと思ったのか今となっては自分でも分からないのだけど、
入門する1年くらい前の2009年9月1日から僕は落語に関するブログを非公開で書いていて、
当然、去年の11月6日の事も書いていたので、
ブログ祭りの最後として、また当時の瑞々しさを思い出すために、
公開することにした。


入門して1年が経ち、当時とはずいぶん考え方が変わった部分もあるけど、
それでも概ねは今も思い続けていることだ。


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『2010.11.07』

午前3時すぎ。

昨日、師匠から入門を許して頂いた!しかも高座の上で(笑)
とにかく一生懸命に落語道を突き進もうと思う。
自分のために頑張るのは当然として、
こんなこと書いたらおこがましいかもしれないけど、師匠のためにも頑張ろう。
これで自分が不甲斐ない落語家になってしまえば、師匠にキズをつけることになる。
それだけは絶対に避けなければ申し訳ない。
だから、絶対に良い落語家になる!

落語入門@草月ホール
金明竹、薄型テレビ算、ツイッターQ&A、芝浜

今日がインターン最終日だとは聞いていたし、入門を許可される自信はあった。
けどまさか、舞台に上げていただけるとは思ってもいなかった。

芝浜が終わったとき、
動線を確保しようと扉を開けに行った。
らく太さんが追い出しのCDをなかなか流さないから、カーテンコールがあるのかな、と急いで袖に向かう、、、、あたりからもう記憶がおぼろげになっている。
師匠が、こっちを見て「人羅君、来るかい?」と言っている。
ワケがわからず、舞台に上がると、師匠は「やる?」とおっしゃった。
「一席やるか?」という意味だと思い「いや、いいです笑」と返す。
するとまた「やる?」と師匠。
僕が「いや、」と言っていると、
「そうじゃなくて、弟子になる?」と言いなおしてくださったので、
「はい、お願いします。」と言う。

「というわけで、本日は『落語入門』というタイトルでしたが、本当に弟子が入門したところで本日はお開きとなります。」と師匠。


正直なところ、状況が把握できておらず、感動すらできなかった。
ただ、お客様の「おぉー!」という歓声や、この「落語入門」という特別な会をフックにしてくださった師匠のお心遣いは忘れない。
楽屋で松岡社長から「よかったな」と声をかけて頂いたり、らく太さんやらく八さんから「おめでとう」と言って頂いたりしたことも忘れない。

会が終わったあと、中野坂上で焼肉をご馳走になる。
師匠はとにかく自分が責任を持って育て上げる、とおっしゃってくださった。
最長で3年、やることやったら1年でもいいぜ。とまで。
そして師匠の前座時代の話や、今の状況をそれこそ包み隠さず話してくださった。

もしかすると「談笑の弟子」というだけで、今後嫌な思いをすることがあるかもしれない、と師匠はおっしゃったけれど、それ以上に、「談笑の弟子」として恥ずかしくない落語家になろうと強く思う。

妨害する連中がでてくるもしれないけど、
妨害してくる以上の力でもって突き進んで行けば、
少しは速度が落ちるかもしれないけど前には進める。
妨害する連中ごと引きずっていくつもりで邁進しよう。
俺が良い落語家になって、「談笑の弟子はすげえなぁ」と言わしめよう。

こちとら客商売だ。
お客様の前では常に楽しませる姿勢でいこう。斜に構える必要なんてない。
Show must go on!
面白いことをやり続ければ絶対に道は開ける。

とにかくやるやるやる。
師匠に恥じをかかせないためにも、とにかく前座修行をきっちりやろう。
もっと落語を好きになろう。
その土台の上で好きなことをやろう。
他人には寛容で自分にはストイックでいよう。

師匠ありがとうございます!
家元ありがとうございます!
この気持ちを忘れることなく、、、。


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さすがに気持ち悪いけど、こいつを嫌いではない。

時間とともに色々なものを失っていきがちではあるけど、
今度の一年間も初心を忘れずに、
やるべき事をただただやろうと思います。

頑張りますのでよろしくお願いします。



posted by kisshou at 13:49| Comment(5) | 11.11.01-11.11.06 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月06日

11.11.05

11月1日から11月6日まで個人的にブログ祭りを開催している。

普段はパソコンで更新しているのだけど、
期間中は移動時間を更新に充てるため、
携帯で書くようにしてみた。

携帯でブログを更新してみて、
とても新鮮な感覚を味わった。
今回の期間中は、もちろん意図的に文体や内容を変えている訳ではあるのだけど、
それを踏まえても、自分の想定以上に文章が変わっていて、
それはパソコンから携帯にツールを変更したことに由来する気がしてならない。


思えば僕は文字を書く作業をする際、
知らず知らずのうちにツールを使い分けていることに気づいた。

書き殴るようなふとした思いつきはチラシの裏に、
今後を見据えてのアイデアの種はレポート用紙に、
ネタの台本は無地のプリント用紙に、
全貌が把握し辛い漠然としたネタ案はスケッチブックに、
などなど。

そうした使い分けをすると整理が困難になるにも関わらず、
作業の進みやすさが違うことを肌で感じているのか、
自然とそうしてきたし、またその効果も実感している。


学生時代、ノートの最初の数ページだけとても丁寧に、
またカラフルに記入していた経験があるのは僕だけでは無いだろう。

例えば、授業ごとに毎回新しいノートを使えば、
それはそれは見やすいノートが出来上がったのではないだろうか。

実際問題としては経済的にも物理的にも非現実的であるとはいえ、
そういったツールやもっと言えば環境によって、
パフォーマンスの質や方向性が変わってくることについてもう少し自覚的になった方が良いのではないかと思っている。


季節とか天候とか気温のような、自分では制御しにくい外部制約から、
時間とか曜日のような、その気になれば制御できなくはない制約、
場所だとかBGMだとか誰とやるかといった、制御しやすい制約、
それらを総合した環境面からも、
より良いパフォーマンスをするためにアプローチするべきだと思う。


そしてここ数日でこの投稿が一番薄い内容だということは分かっているが、早く更新しないといけない、という外部制約に足を引っ張られた結果だということを書いて、11月5日分はおしまい!


posted by kisshou at 02:18| Comment(0) | 11.11.01-11.11.06 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月04日

11.11.04

この2日間、楽屋仕事がなく丸々休みだった。
本当は踊りの稽古など幾つかの予定が入っていたのだけど、
ゆったりとした時間の中で作業するのもたまには必要かと思い、
相手方に無理を言い全てをズラして頂いた。


とは言え、いつもの過ごし方と別段変わりなく
まずは喫茶店に行くのだけど、気持ちに余裕があるからか、
歩き慣れた駅前までの道がいつもと違って見えた。

意図的にいつもと違う場所を見ようと心がけたのかもしれないが、
隣の家の郵便ポストの形、SANTOというカフェの二階の窓、
小杉湯のある路地に生えてる背の高い雑草などなど、
これまでも確かにそこにあった景色を
初めて見た、気がした。


見えていることと、見ていることは違う。

思い返せば、
幾度となく通ってきた駅前への道で僕が見ている景色は、
知らない間に決まっていたのかもしれない。

いつも使うコインランドリーとその隣の散髪屋は
看板の形まで覚えているのに、
その先にある古びた印刷所のことはほとんど思い出せない。

ASOKOという夜な夜なお洒落な人が集まって何やら作業しているオープンスペースの看板が虹色で、四角い白いイスがいくつもある事は覚えているのに、
その隣の昔ながらの喫茶店は名前すら知らない。
同じ回数目にしているはずなのにだ。


下を見て歩きがちな僕は、
頭の上に不自然なくらいたくさんの電線がある事を知らない。


今まで何回も何回も繰り返し読んだ大好きなコミックなのに、
こんなコマがあったんだと驚くことがしばしばあるように、
僕は見えている景色のほとんどを実は見ていないのかもしれない。


自分の頬にあるほくろの数を知らない僕が、
大好きな友達の耳の形を思い出せるハズがない。
あいつの腕にある赤紫色のアザは思い出せるのに、
一重だったか二重だったかは思い出せない。


見えている景色の中から何を見るか、
という決断を無意識に委ねがちな僕らだからこそ、
たまには意識して見てみるべきかもしれない。
目撃者になるべきかもしれない。


posted by kisshou at 17:02| Comment(0) | 11.11.01-11.11.06 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月03日

11.11.03

昨日。
関内ホールでの談慶師匠の会が終わったのが17時30分頃で、
真っ直ぐ帰宅したら18時30分には最寄り駅である高円寺に着いた。

せっかくだから自炊でもしようと思い、
駅前の商店街で食材を集めることにした。
部屋には白菜と寄せ鍋の汁が残っていたので、
具材を買い足して寄せ鍋をすることにした。
陶器屋の隣にある八百屋でえのきと水菜を買い、
角にある肉屋で鶏肉を少しだけ買った。

まだ少し物足りないなぁと思い、商店街を歩いていると、
『牡蠣だよ、安いよ!』
という売り声が聞こえたので、
近づくと確かに牡蠣が安くで売られていた。
正確には牡蠣を買ったことがないので安いかどうか分からないけど、
となりの中トロに付けられている980円前後の値段と比べると安く思えた。

僕は互いに混ざり合って境界線が曖昧な牡蠣を見ながら
買おうかどうか悩んでいた。
牡蠣を買いにくくさせてる理由は2つあった。

まず、僕は牡蠣を買ったことがないから、
当然調理したことがないということ。
水洗いして鍋に入れれば良いのか、
塩水で揉んで泥抜きみたいなのをしないといけないのか、
下茹でした方がいいのか分からなかった。

そして、食中毒になるかもしれないという恐怖。
この時期の食中毒の原因の7割くらいが牡蠣だと勝手に思っていて、
そんな危ない橋をなぜ渡らなければならないのかの答えを僕は持ち合わせていなかった。


牡蠣の前でぼんやり立っていると、
魚屋のおっちゃんが声をかけてきた。

『安いよ!』

僕は『安いですね』と返した。

続けて『おいしいよ!』『おいしそうですね。』

『買う?』『うーん』という言葉のラリーをした。

そしておっちゃんは唐突に

『海のミルクだよ』と言ってきた。

牡蠣を海のミルクと例えることは何となく知っていたけど、
いざ自分に投げかけられてみると、
その比喩は妙な雰囲気を孕んでいた。

おっちゃんは、
『海のミルクであれば、買います』
となると思ったのだろうか。
それで事態が好転すると思ったのだろうか。
そもそも、海のミルクってどういう事なのだろうか。
ミルクよりも牡蠣の方が高価な感じがするのだから、
ミルクを陸の牡蠣と言うべきじゃないのか。
いや、陸の牡蠣を毎朝飲みたいとは思わないな。
そもそも牡蠣という字が怖い。
・・・。


色々考えている間、
おっちゃんを無視してしまっていた事に気づきはっとした。
そこまで言ってくれたのだから、と思い海のミルクを買うことにした。

『毎度!』

というおっちゃんの声を背中で聞きながら、
海のミルクであり食中毒の原因でもある牡蠣の入ったビニールをぶら下げて帰宅した。


とりあえず丹念に洗い、鍋に入れ、
気持ち長めに煮込んだ牡蠣はプリプリしていておいしかった。
その際残しておいた2切れの牡蠣を入れての雑炊もとてもおいしかった。
明日の朝に残しておこうと思っていたのに、全部食べてしまった。


しばらくするとお腹が痛くなって
『ちくしょう』
と思った。

どうやら食べ過ぎてしまったようだ。


posted by kisshou at 16:32| Comment(0) | 11.11.01-11.11.06 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月02日

11.11.02

すでに治りかけではあるが、珍しく風邪をひいてしまった。
少しでもヤバいなと感じた日には栄養ドリンクを飲んで早く寝るようにしていて、
そうするとたいてい起きたら何ともなくなっていることがほとんどだったので、
2日間に渡って鼻水や喉の違和感に苦しめられたのは久しぶりだったといえる。
鼻水もようやく止まったのだけど、
連日の酷使で粘膜が参ったとみえて
いまいち鼻の利きが悪く、味も感じにくい。


年に一回くらいのペースで風邪をひき、そのたびに健康だったそれまでの毎日が輝きだす。を繰り返している。

鼻水がたれてこない事や、鼻が詰まっていない事、味がする事、
当たり前だった色々な事が、当たり前にできなくなって初めて、
何でもないような事が幸せだったと思う、のだろう。


風邪をひくと途端に考えがシンプルになる。
あれこれ悩んでいたすべては一旦息を潜め、
ただただ健康な日常だけを求めるようになる。

死ぬほどお腹が痛いとき、トイレの中で真剣に祈る。
『これから真面目に生きますから、一生のお願いですから、治してください!』
脂汗流しながら、無宗教の僕が祈りを捧げる神様はどんな顔をしているのだろうか。


人間には、と一般化できるかは分からないけど、
僕には欲がある。
よく言うと目標があり、夢がある。
そしてそれらには限りが無い、気がしている。
弟子入りするまえ、師匠の弟子になることが夢だった。
その夢が叶ったいま、
夢が叶ったという喜びを感じることはほとんどない。
酔っ払った時にふと感じることはあるけどほとんどない。
代わりに二ツ目になりたいという目標が顔をだす。
向こうの方には売れたいという夢がそっぽ向いてる。
その先にある何かはここからだと見えそうにもない。


27才で一人もの。彼女なし。
成人男性である以上、人並みの性欲はある。
とりあえず人並みとさせて頂く。

同じ年頃の男性には『あるある』と共感して頂けると思うが
性欲には波があり、数ヶ月に一回くらいのペースでとんでもない大波が押し寄せてくる。
真っ黒なサーファーならしめたもんだと大波へ突入し、また楽しむのだろうけど、
泳ぎが苦手な僕はその場にうずくまって波をやり過ごすほかない。
安っぽいダッチワイフを浮き輪代わりに波へ突っ込んだ友達もいたが、すぐに波に飲まれてしまったようだ。
遠くの老人は波が来ないと嘆いていた。


その期間、いたるところで襲来してくる性欲と格闘しなければならない。
朝起きると同時に襲来。シャワー浴びてる時に襲来。講釈の復習をしていると襲来。満員電車で襲来。道灌のサゲ間際で襲来。襲来、襲来。
鳴り止まない警報に息つく暇もない。


性欲に限らず、衝動的な欲求を打ち消すには息を止めるのが効果的だとテレビで言っていた。
確かに息を止めると苦しくなるから、その瞬間に欲求は姿を消す。
正しくは息を吸いたいという猛烈な欲求が全てを覆い尽くす。
しばらくして息を吸う。
途端にまた欲求が姿を現す。
止めて吸ってをしばらく繰り返す。

最近あっていない友達に電話をかけようと思った欲求はバカらしくなって消え失せたのに、
性欲はまだ消えそうにもなかった。
まだまだ止めて吸ってを繰り返さないといけないのだろうが、
それはつまりは死ななければならないのと同じだと悟った。

posted by kisshou at 15:10| Comment(0) | 11.11.01-11.11.06 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする