2013年02月27日

のんき夜行

 昨日は『のんき夜行』という落語会に出演させて頂いた。きつつき兄さんとの二人会形式だったのだけど、なんときつつき兄さんは『きつつき』として高座に上がる最後の日だったのだそうで、歴史的?な日にご一緒させて頂いた。兄さんの二ツ目最後のネタは時そばだった。面白かったなぁ。
 きつつき兄さんとは数える程しかご一緒させて頂いたことがない。前座の頃、急に知らない番号から電話があって、それが翌日の独演会の前座を探しておられたきつつき兄さんだった。『何でも好きなネタやってもいいよ』とおっしゃてくださったこともあり、師匠の会や談四楼師匠の会以外で初めて自作の噺をやった。テレスコ・序。「よし、尖った発想を見せて驚いて頂こう!」みたいにギラギラした感じで高座に上がって、キンキンにスベったのを覚えている。当時のブログにも書いてあるだろう。
 そう言えばゲストでいらしてた志の春兄さんの前で落語をやったのも初めてで、なのでお二人の僕に対する第一印象は「奇をてらっているだけの面白くない奴」かそもそも聴いておられなかったか、そんなものだっただろう。というか、その印象を今も払拭できていないとも思う。

 きつつき兄さんとお会いすると毎回言ってしまうのだけど、実は生で落語を聴いた初めての会の出演者はきつつき兄さんと志ら乃兄さんだった。当時は働いていて、落語にも全く興味なかったのだけど、当時住んでいた駒場東大前の最寄コンビニの横がアゴラ劇場で、そこで落語会が催されていたのだった。飲み物を買いに出かけただけだったのだけど、ちょうど開演時間だったので何となく入ってみたのが最初。
 後でお聞きするときつつき兄さんも志ら乃兄さんも二ツ目なりたての頃、つまり今の僕くらいの頃だったのだろうか、そう考えるとおぉっと思う。志ら乃兄さんが火焔太鼓を演られたのはぼんやり覚えているけど、その日の記憶の80%は終演後のトークコーナーみたいな場所でゲストの方が辛口過ぎて色々なことをボロカスにおっしゃっておられたことで、19%くらいは兄さん方の間に上がられた色物の先生がゴリゴリの前衛芸術家みたいなパフォーマンスをされたということで、落語自体は正直ほとんど記憶に残っていない。
 あの会を見たときは「あー面白かった!」くらいの感想だったのだろうけど、そこで落語に興味を持ったから後にHMVで何となく落語のCDを買おうと思ったのだと思う。そしてそれがたまたま志の輔師匠のCDだったおかげで今こうして落語家になっている。のは御縁以外の何物でもない。

 『のんき夜行』は豊かな会だった。主催者の方の出演依頼メールの時点から落語や落語家に対するリスペクトが感じられたので気持ちよかったし、チラシもステキだし、いざ会場に言ったら細かなところまでケアされていて、とても気持ちの良い空間だった。落語をほとんど聞いたことが無いという、カルチャー好きの若い方々が客層のほとんどで、フラットな気持ちで高座を勤めることができた。楽しい時間。

 打ち上げも楽しかったし、何よりきつつき兄さんの二ツ目最後の仕事にご一緒できて幸せでした。 
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2013年02月26日

『3年目の吉笑』

昨日は『3年目の吉笑』2月公演、にご来場頂きありがとうございます。
あとがきに変えて、ネタばれ含みつつ、少し書かせて頂ければと思います。

ネタばれされたくない方は、今日の記事は読まれないことをオススメします。
いつもアクセスありがとうございます。

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立川吉笑 落語会2013
『3年目の吉笑』2月公演

一、テレスコ・序
一、漫談(ゲスト・テリトリー三宅)
一、ランパー
仲入り
一、粗粗茶

好きなモノ『cero』

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11月に行われた家元の追善興行だったでしょうか、それ以外の高座だったでしょうか、志の輔師匠が『バールのようなもの』のマクラで、『自分なりの「やかん」を作ろうと思った』というような事をおっしゃっておられたのがズシンと心に残っていました。また、僕の昇進記念独演会@国立演芸場で、師匠談笑が『誰もが志の輔師匠みたいにはなれないし、目指す必要もない。自分の形で行けば良い』というような事をおしゃってくださったのもズシンと心に残っていました。

今回の会に向けて拵え始めた『粗粗茶』というのは、初めての"僕なりの「やかん」"です。

その『粗粗茶』というネタのアイデアを思いつく限りひたすらノートに書き続けていた時、『御札』問題を目の当たりにしました。『御札』は「ありがたい札」なんだと、つまり札(=紙に文字が書いてあるモノ)に念が込められているのが『御札』。じゃあ御札を謙遜するときは「粗札」でなくて「粗御札」か。そうか「粗札」だと「札」を謙遜しているだけで「御札」を謙遜しているわけじゃないんだ。。。「ボロボロの札」に念を込めると「ありがたい・ボロボロの札」になるから「御粗札」になるのか、じゃあそれを謙遜すると「粗御粗札」か。念を込めるのが苦手な見習い神主が御札を作るべく念を込めたモノは「御札」でなく、粗末なありがたみの込められた札で「粗御札」、謙遜すると「粗粗御札」か。。。それがやぶれたりして「札」として粗末になってしまったら「粗粗御粗札」か。。。じゃあ、、、、
長時間考え続けていたから煮詰まっていたのでしょう、気がついたら喫茶店の閉店時間までネチネチと御札について考えてしまった日がありました。我に返って3時間分の「御札についての考察」を見返して、「これが自分なんだなぁ」と笑ってしまいました。また、こんな細かい細かいどうでもいいことを言わされる隠居さんは可哀そうだなぁと。

少し前にツイートしましたが、やかんの隠居はそれぞれのスタンドみたいなものなんじゃないか、と最近思い始めています。もしくは自分自身と言ってもいい。

家元の隠居は「賢い・哲学的・ユーモア・端的・クラスの人気者ではない・仲間外れにされても気にしない・自信がある、、、」

志の輔師匠の隠居は「賢い・ユーモア・ウィット・お調子者・クラスの人気者・真面目だけど不真面目な面もある、、、」

僕の隠居は「賢い・ユーモア・根暗・友達少ない・屁理屈・記号的、、、」

恣意的な選択をしているからでもあるでしょうが、やっぱり「やかんの隠居」というのには演者自身が現れるものじゃないかなぁと。そもそも「やかん」というのは思想を提示する種類の噺なので、それを自分なりに作ろうとすれば自然と自分の色が色濃く投影されてしまう。古典のテキストに縛られず「ゼロからやかんを作る」という縛りで考えてもらうと、談吉兄さんのやかんの隠居は談吉兄さんらしくなるのでしょう、春吾兄さんの隠居は春吾兄さんらしく、らく兵兄さんのやかんはらく兵兄さんらしく、それぞれの隠居が何となく見えてくる気がします。


今回、粗粗茶の冒頭で「こないだの話も面白かったですねぇ、見たことも聞いたこともない虫の話。よくあんなの考えられますねぇ」「ああいうのをのんびり考え続けるのが好きなんだよ」というようなやりとりが、流れで入りました。クスグリとしてはよくあるタイプの薄いボケなのですが、あの隠居は50年後の僕なのだと考えたら妙に色々な想像が膨らみました。特に僕の考える噺は論理主体なのでそのほとんどをやかんに集約することができそうです。最終的に「落語」が「やかん」に包括されている入れ子構造にたどり着く気すらしています。


"初めてのやかん"としての『粗粗茶』。
準備不足からくるアラだけでなく作品そのもののアラも目立つ不完全なものではありましたが、
その不完全さが今の自分を表してくれているようで、なんだか嬉しくなりました。
何年目の吉笑が納得いく「やかん」を作ってくれるのかなぁ。





次回は4月19日(金)です。
またお会いしましょう!



posted by kisshou at 08:44| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月23日

てんてこまい

会の直前はどうしても生活が荒れる。
部屋は汚いし、ブログは更新できないし、食生活もひどい。
やるべき事務作業などもだいぶ溜まってしまっている。
今年はスケジュールの組み方をもう少ししっかりしたいなぁ。

2月25日、ご来場おまちしております!



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2013年02月19日

第2回ギョウザ大会

沼袋にあるつつじ会館という高齢者センターでの落語会に呼んで頂いた。去年に引き続き2回目で、今回は僕とカンカラ三味線の岡大介さんとの2人態勢で。加えてご近所にお住まいのA太郎兄さんも飛び入り助っ人として参加してくださって、合わせて落語3席+岡さんの高座20分というみっちりのプログラムになったのだった。ご来場いただいたおじいちゃんおばあちゃんがお元気で前回同様大盛り上がりとなったのだけど、前座時代にこういった地域寄席のような環境で勉強させて頂くことはほとんど無かったし、昇進してからもそういった繋がりをほとんど持っていないのであまり呼んで頂くことがないので、普段のお客さんとは全然違う温度で対応するのがなかなか難しい。盛り上げようと、くだいたマクラをやり過ぎると落語に入ってからも高座の僕に向かって話しかけられたり、横の方とお喋りされたり、感想の独り言を大きな声でつぶやかれたり、と、落語の雰囲気が崩れてしまうし、でも"しっかりと作品をお届けする"というのは独りよがりだし。昨日は開口一番だった一席目は盛り上げ重視、トリだった二席目はメッセージ性を押し出す形でやってみたけど、もっと上手にやる手段はあるはずだ。そういう意味では仲トリA太郎兄さんのお菊の皿は、小噺を繋げたマクラで盛り上げて、噺に入ったら怪談要素で少し締めて、最後は盛り上げて終わり、という完璧な内容で勉強になった。あの高座の後に上がるのは怖かったなぁ。

終演後は記録系企画の打ち合わせを少し挟んでから、打ち上げへ。春頃には形にしたい企画なのだけど、少しずつ締切が迫ってきている。グイグイと担当分を消化していかないとなぁと。

昨日は師匠宅で第2回ギョウザ大会が開催されていたのだけど、残念ながら僕は欠場となってしまった。食べたかったなぁ、と思っていたら笑二がお土産ギョウザを持って帰って来てくれたので、今日の昼にでも食べようと思っている。ただギョウザを焼いたことが無いのでちゃんと焼けるかが心配でならない。

(※ギョウザ大会→師匠手作りのギョウザをひたすら弟子が食べる、という大会。)
posted by kisshou at 10:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月17日

締めるミッション

今日は広小路寄席で『大根屋騒動』を演らせて頂いた。開口一番の笑二が登場するや否やドッと歓声が上がったので「何事か?」と気を取られていたら出囃子消すのを忘れてしまった。すまん。
ネタに入った笑二がドン、ドンと狙った場所で狙い通り笑いを取れていたのはいつも通りなのだけど、それにしてもお客さんがアガり過ぎている気がしたので、トリの師匠まで長丁場だということもあるし、お後の平林兄さんがマクラをしっかりめにふって笑いを取りに行くアゲアゲタイプだということもあり、僕の番では少しクールダウンして頂こうかなぁと思い高座へ。
いつもなら前がウケていたら自分も負けじとパワープレイに走るところだったけど、最近は幸運にもずいぶんパワープレイで気持ち良い思いをさせて頂いていたこともあり、初めて調整役に準じてみようという気になった。必要以上にトーン落として話はじめたのだけど、これじゃあ盛り下げてるだけだと、ちょっとした引っ越しネタを挟みつつ、擬似噺へ。マクラに戻ってきて大根屋でいこうと決心したので噺のマクラに入る。少しメッセージ性を強めにして、盛り下げずクールダウンして頂こうと勤めたけど何ともフワフワした感じ。
ここで時計見て、残り時間がかなり短くなっていたので噺自体は駆け足になってしまい、結局後半は意図せずパワープレイ気味になってしまった。最後のくだり前のメッセージをダメ押す場面はいつもより強めにやったけど、もう何が何だか。時間がピッタリだったのだけが成功材料。

出番後、受付業務を手伝いながらモニターで勉強していると志らべ兄さんの黄金の大黒と談奈兄さんの権兵衛狸が上げすぎず下げすぎずの絶妙なバランスで勉強になった。古典の力は偉大なり。あとは別格すぎるけど龍志師匠の紙入れも、バランスが凄すぎて、愕然とした。

盛り上げたい時に盛り上げられる地力を付けるのが先決だけど、ほどほどの高座も演りたい時に演れるようにしなくちゃなと思った一日。
トリの師匠は、もちろん僕の高座は聴いておられなかったけど、流れが似てしまった。フェイントと荷売り商い。フェイントはアクシデントみたいなもので、荷売り商いはたまたまだけど、
何となく嬉しかった。

posted by kisshou at 19:21| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする